65歳の妻を包丁で刺殺して自首した66歳の夫が逮捕された。妻は5年前、難病に苦しんでいた40歳の長男の人工呼吸器を止めて嘱託殺人罪に問われ、執行猶予中だった。神奈川県相模原市で先日起きた事件に、言葉を失うばかりである。
▼長男の病はALS(筋萎縮性側索硬化症)。全身の筋肉が徐々に動かなくなり、症状が進んだ場合、自分で呼吸ができなくなる。4年近く看病を尽くした母はある夜、「死にたい」と訴え続ける子に「一緒に逝こう」と伝えた。体がもう全く動かない子は文字盤を目で追い、「ごめん、ありがとう」と答えたという。
▼呼吸器の電源を切ったあとで自殺を図った女性の命を救ったのは夫だ。その夫が今度は妻を刺した。すぐ自首し、「妻はうつ病で日ごろから死にたいと言っていた」と供述した。「母さんが息子にしてあげたぶん、彼女の力になりたい」。5年前の週刊朝日の報道に夫の言葉が残る。なぜ、の思いが頭を離れない。
▼5年前は、事件も裁判もずいぶん騒がれた。難病患者や家族を支える仕組みや終末医療のあり方も問題になった。でも、また悲劇が起きた。二つの殺人は罰せられねばならないが、どんな境遇にあっても「生きたい」と思える社会が当たり前である。それはないものねだりだ、という空気がありはしないか、怖い。