多くの国で翻訳されている少年少女の手記がある。百五人が被爆体験などをつづった『原爆の子』(長田新編)だ。爆心地から八百メートルで被爆したグラフィックデザイナー故片岡脩さん(元愛知県立芸術大教授)は、奇跡的に生還した体験を寄せた▼一時、被爆体験を語るのを拒み、平和運動に背を向けたが、敗戦から三十年以上たったポーランド旅行が転機となる。ヒロシマ、ナガサキの悲劇を学んでいる子どもの姿に衝撃を受け、平和ポスターの制作に取り組み始める▼その片岡さんがかつて、美大受験の手ほどきをしたのが世界的デザイナーの三宅一生さん(71)だ。七月、米紙ニューヨーク・タイムズに、封印してきた被爆体験を寄稿。勇気づけたのは、「核なき世界」を訴えたオバマ米大統領のプラハでの演説だった▼オバマ大統領にノーベル平和賞が授与されることがきのう決まった。ただ、理想を語っているだけではないか、との批判があるのも事実だろう▼佐藤栄作元首相も一九七四年に「非核三原則」が評価されて平和賞を受賞したが、米国との間の「核持ち込み」の密約が後年明らかになったように、賞の重みを疑問視する声もある▼それでも、受賞を素直に喜びたい。来月の初来日では、被爆地を訪問してほしい。核廃絶に向けた「現実的で、シンボリックな一歩になる」(三宅さん)のは間違いない。