平安初期の、いわゆる六歌仙の一人、文屋康秀(ふんやのやすひで)に<吹くからに秋の草木(くさき)のしをるればむべ山風をあらしといふらむ>という歌がある▼嵐は字の通り、もともとは多く「山風」のことを言ったが、その後、広く暴風や暴風雨を指すようになった。きのう、各地で吹き荒れた嵐は言うまでもなく後者。東海以北の本州を串(くし)刺しにでもするように進んだ台風18号がもたらした▼それは、草木を萎(しお)れさせるどころか、あちらこちらで大木をもなぎ倒した。埼玉県では、折れた木に当たって男性が死亡。和歌山県では、倒木に衝突したバイクの男性が命を落とした▼愛知県豊橋市ではトラックが次々横倒しになり、茨城県などでは竜巻のような突風が起きて建物などが破壊され…。無論、浸水など大雨の被害も広がった。あの歌の掛け言葉ではないが、何ともひどい「荒らし」ようだった▼わが国台風災害史上最悪の被害を出したのが、伊勢湾台風。ちょうど五十年の節目の日からまだ二週間足らずの時期に、過去十年で最強クラスの18号が、それと似たコースを取ると思われたのだから、経験者が恐怖したのは当然だ。幸いコースは少しずれて、ひどい高潮にはならず、悪夢の再現は避けられた▼神意といえば神意。でも、気象技術や防災面の進歩が大きいのも確かだろう。それは、人が、何度も嵐を踏み越えて学んできたことである。