狐狸庵先生こと遠藤周作は、背泳ぎの様子を「選手はスタート台に立った、うしろむきに飛びこんだ」と書いた。かくもスポーツ知らずだった先生でさえ筆をとり、「戦争中の報道班員のようにみんなが駆りだされていく」と述懐した。
▼作家や詩人40人の観戦記や随想を集めた「東京オリンピック―文学者の見た世紀の祭典」という本にある文章だ。一体に斜に構えているはずの文筆家が、言葉は悪いが猫も杓子(しゃくし)もこぞって五輪を語る。それが45年前のムードだった。もうこんなことはなかろう。「世紀の祭典」だって、ほとんど目にしなくなった。
▼2016年の夏季五輪は東京に来ないけれど、アジアの北京、欧州のロンドンに続くのがリオデジャネイロ、とは理にかなっている。「南米初の五輪を成功させ、一等国の仲間入りをする」というブラジル大統領の涙声は、アジア初の五輪に未来をかけたかつての日本の思いにも重なる。リオには祝意を送りたい。
▼今回、都民の五輪開催への支持率は4候補の中で最低。56%はリオやマドリードの85%と比べいかにも見劣りした。五輪で成長した東京が今度は成熟した都市として新しい理念の五輪をデザインする。2020年に向けた再挑戦はあってもいいが、まずは都民の心に五輪への熱い思いが生まれてからのことである。