厳正中立が生命線である事故調査機関への信頼を根本から裏切る行為ではないか。2005年に起きたJR福知山線脱線事故を調べていた国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(現・運輸安全委員会)の元委員が、JR西日本の前社長に調査状況を漏らしていた問題だ。
107人の死者をだしたこの事故への社会的関心は高く、捜査当局とは別に事故調も全力を挙げて原因究明にあたっていたはずだ。
そうしたなかで、かつて国鉄職員だった山口浩一元委員は旧知の山崎正夫前社長から依頼されて報告書の原案まで手渡していた。前社長は報告書の改ざんを依頼し、元委員はそれに応えて委員会の場で記述の修正を求めていたという。
元委員は見返りに飲食代の肩代わりなども受けていたというから悪質極まりない癒着ぶりである。運輸安全委は「報告書の内容に影響はなかった」としているが、真相はどうなのか。ほかの事故調査でも不正はないのか。国交省は徹底的な洗い出しを進めるとともに、現在の安全委の体制も総点検する必要がある。
元委員の行為は秘密保持義務違反にあたるが罰則規定はない。前原誠司国交相は運輸安全委設置法への罰則規定盛り込みも検討すると述べている。これも対応を急ぐべきだ。
山崎前社長の責任も重大である。あれほどの惨事を引き起こしておきながら調査に手心を加えてもらおうと事故調に働きかけるとは被害者を愚弄(ぐろう)した所業だ。依頼が前社長の独断によるものなのかどうかも含め、JR西日本も内部調査と説明を尽くさなければならない。
今回の不祥事は消費者委員会や、厚生労働省などが構想を練っている医療安全調査委員会(仮称)のあり方にも影響を与えるのは必至だ。
専門的な知見が求められる事故やトラブルでは、運輸安全委と同様、警察などの捜査とは一線を画して独自に原因究明や再発防止策づくりを進める機関も必要だ。ただし、そうした機関が権威と信頼を保つためには徹底した中立性、独立性が不可欠なのは言うまでもない。
注目される医療安全調査委の創設論議のなかでも、この点にしっかり配慮する必要があろう。