民俗学に大きな足跡を残した宮本常一氏は、対馬の村の寄り合いに驚いた。昼夜の別なく2日も議論が続いていた。何か決める時は「みんなの納得のいくまで何日でもはなしあう」と、「忘れられた日本人」(岩波文庫)に書いている。
▼不満が残らないよう自由に発言させ、じっくり合意形成する。そういうムラの慣行に郷愁を感じているのは、温暖化ガス削減で高い目標を課されるのに反対する日本経団連かもしれない。鳩山由紀夫首相は国内で異論が続くなか、1990年を基準とした場合に日本は2020年までに25%減らすと国際公約した。
▼業界団体などを通じ政治家と経営者が結びついていたころなら、事前に調整して産業界がある程度納得する数字に落ち着いただろう。25%削減は持ちつ持たれつの「政」と「業」の関係が変わり始めた象徴にみえる。鳩山首相は国際社会で存在感を出そうとし、宮本氏が描いたような長年の共同体の慣習を断った。
▼意見の一致を待てば和を保てるが、結論は前例踏襲になりがち。かつてトヨタ自動車が織機の次に始めた自動車事業も、イトーヨーカ堂のコンビニエンスストア事業も、社内が猛反対するなかで船出した。25%削減は簡単ではないが、異を唱えるだけでは企業内部の革新的な意見を生かす力を失う。それが心配だ。