金融危機の再発防止策として、時価会計の基準見直しが進んでいる。国際会計基準づくりを担う国際会計基準審議会(IASB)が各国の意見を集約し、11月にも結論を出す。日本は国際会計基準の導入を見すえて主体的に議論に参加すべきだ。
国際会計基準は企業が保有する有価証券を「売買目的」「売却可能」「満期保有」の3つに分類し、それぞれに異なる損益の計上方法を認めている。見直し案は3分類を廃止し、評価損益と売却損益を純利益に計上するか、受取配当を含めすべて包括利益に計上するかの選択制をとり基準の簡素化を図る。
包括利益に意義と懸念
「包括利益」とは企業の資産価値を幅広く反映させた利益で、日本にとっては新しい概念だ。企業の全体像を投資家などにひと目で分かりやすく伝える意義がある。
時価会計基準の簡素化は、20カ国・地域(G20)首脳会議などの場で、会計の複雑さが危機の原因の一つと指摘されたことが背景にある。しかし日本は純利益を最終利益と呼び経営成績を測る指標としてきたため、新しい利益の概念が前面に出る改正案への戸惑いは大きい。
持ち合い株の評価損益を包括利益に計上する場合、いったん評価益を出した後に売却しても実現益は再計上できない。株式の売却益を利用した決算対策はしにくくなる。毎期の業績の変動が大きくなりすぎることへの懸念も消えない。
包括利益の意義を認めつつ、企業や投資家にとっての実用性を高める試みが欠かせない。
日本の経済・産業界は売却益を純利益に反映させるようIASBに求めている。欧州やアジアの一部に同調する動きが見られるなど、国際基準づくりで孤立することが多かった日本の声が今回は世界に広がる兆しもある。最終結論が出るぎりぎりの段階まで、各国の会計基準設定機関や経済・産業界と連携して支持を広げるべきだ。
国際的な連携は日本企業のグローバルな活動を後押しするうえで欠かせない国家戦略だろう。
日本は2010年3月期から国際会計基準の自主的な使用を認めており、12年に上場企業への強制導入を最終的に判断する。現在は自国基準と国際基準を一つ一つ比べ、違いをなくす共通化の作業を進めている。導入とは共通化から踏み込み、将来にわたってすべて国際会計基準を使うという意思表明である。
国際会計基準の導入を11年に最終判断する米国の意向に不透明な部分は残るものの、一部の日本企業は準備を前倒しで進めている。外国人の株主が全体の2割超を占める今、米欧と共通基準で決算を発表したほうが市場の評価が高まると考えているからだ。外国企業を買収するにも、会計基準が同じほうが相手先の資産を評価しやすい。
国際会計基準の導入は、米欧のスタンダードを日本が無批判に丸ごと受け入れることではない。
すでに導入している欧州連合(EU)などは国際会計基準の中身を個別に精査し、自国・地域の企業に使用させる最終的な承認権を持つ。どうしても実情に合わないと判断すれば、適用を一部除外することも可能だ。こうした権限は乱用すれば国際的な孤立を招きかねないが、主体性を保つうえで必要だ。
基準の使用者になれば発言力も今より増す可能性が高い。そのうえで日本が今後、問題を提起して取り組むべき課題がいくつかある。
問われる「時価とは何」
現在議論されている時価会計基準の簡素化はG20の政治日程に合わせているため、生煮えの部分もある。未実現の評価損益を売却損益と同列に包括利益として計上すれば、一般の個人投資家は混乱するかもしれない。混乱を最小限に抑える開示方法は今後の課題だ。
包括利益には企業の資産を為替変動に合わせて評価し直し、差損益を計上する項目も含まれている。海外拠点が多い日本の製造業には、為替の要因で包括利益が1千億円規模で変動するところもあるという。投資家が慣れている純利益の項目を残し、資産評価には長期の平均為替レートを使うことで包括利益の変動を小さくするなど、具体的に知恵を出す余地は残されている。
欧米も悩んでいる。金融危機のなかで値段がつけられない証券化商品を大量に抱え、時価評価していない金融機関が多いからだ。こうした「レベル3」と呼ばれる資産を厳密に評価すれば多額の損失が表面化し、自己資本は大きく傷んでしまう。
究極は資産のすべてを時価評価する全面時価会計に向かうとされる国際会計基準だが、そこまで進むには金融システムへの目配りが欠かせない。「金融商品の時価とは何か」など本質的な問いも避けて通れまい。欧米の検討の輪に日本も加わろう。