亀井静香金融・郵政担当相が中小零細企業や個人の借金返済を猶予する制度を創設する方針を表明した。融資の返済が危うくなれば、銀行は貸し渋りに動く。短慮が事態を悪くする懸念が強い。
亀井大臣は記者会見で「中小零細企業や商店は貸しはがしで黒字倒産がどんどん出ている。サラリーマンも住宅ローンの返済に苦しんでいる」と述べて、元利金の返済を三年程度猶予する仕組みをつくる考えを明らかにした。一種の「徳政令」のようなものだが、問題点が多い。
まず、民間主体同士の契約に政府が事後的に介入し、契約内容を変えてしまうような行為が許されるのか、という基本的問題がある。強制力を伴うなら、政府が訴えられる事態も考えられる。
効果も極めて疑問だ。貸し手の銀行は制度創設によって融資資金の返済が危うくなるようなら、融資を一層慎重にせざるをえなくなる。返済猶予で元利金が入ってこない銀行など金融機関は経営が確実に苦しくなる。すると、貸しはがし防止どころか、逆に貸し渋りを助長しかねない。
借り手も簡単に借金返済の猶予が認められるなら、汗をかいて苦しい経営改善努力を続けるよりも、当面は模様眺めの安易な道を選ぶモラルハザード(経営倫理の喪失)が広がる懸念がある。
その結果、本来は市場から退出すべき企業が延命し、新興企業の市場参入が難しくなれば、経済活性化も期待できなくなる。
亀井大臣は銀行経営が苦しくなれば、国が手を差し伸べる考えも示した。銀行支援策まで制度に盛り込まれれば、銀行は逆に政府の支援をあてにして、経営不安の企業にも高利で融資するようになるかもしれない。つまり貸し手のモラルハザードも助長する。
国民からみると、税金を元手に銀行にローリスク・ハイリターン、ぬれ手であわのビジネス機会を提供する形だ。「返済猶予」という最初の間違いが、銀行に対する事実上の補助金供与というもっと重大な過ちになる。銀行批判を繰り返してきた亀井大臣の本意にも沿わないだろう。
中小零細企業の資金繰りを支援したいなら、既存の政府系金融機関を活用した融資制度を充実するなど、ほかにまっとうな手段はある。景気の先行きが不安とはいえ「借りたカネを返さなくてもいい」ような乱暴な政策に政府が手を染めざるをえないほど、ひどい状況とも思えない。再考を望む。
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