初めてのシルバーウイーク、いかがお過ごしですか。大型連休を満喫するのも大切ですが、果たして今日は何の日か。そちらも、どうかお忘れなく。
シルバーウイークの「シルバー」は、高齢者のことでもあるそうです。春のゴールデンウイークに次ぐ新しい大型連休、その中心が「敬老の日」になるからです。
高齢者世代を「シルバー」と呼んだのは、旧国鉄が最初です。一九七三年の敬老の日、首都圏の電車に設けた優先席を「シルバーシート」と命名したのが始まりでした。「銀髪」をイメージしたそうです。
◆未来は霧の中だから
シルバーウイークを利用して海外へお出かけの旅行者も多いでしょう。敬老の日の恩恵を若い世代が受けています。
海外旅行といえば、世界遺産が人気です。ペルーの空中遺跡マチュピチュ、エジプトのピラミッド、そしてフランスのモン・サン・ミシェル修道院が、訪れてみたい世界遺産のベスト3と言われています。どれも気が遠くなるような歴史を秘めた建築です。
中でも、ノルマンディーの干潟にぽっかり浮かぶモン・サン・ミシェル修道院は、中世以前から近世まで営々と建設が続いた、まさに“時間の堆積(たいせき)”です。
七〇八年、司教オベールが、大天使ミカエルの夢のお告げに従って、花崗岩(かこうがん)の岩山に小さな礼拝堂を建てたのが始まりでした。百年戦争の際には軍の要塞(ようさい)、フランス革命時には監獄にされるなど、時代に翻弄(ほんろう)されながら、形を変え、増築と改築を繰り返し、幻想的な奇観が形成されました。中央に尖塔(せんとう)が立ち上がり、一応の完成を見たのは一八九七年のことでした。旅行者を引きつけるのは、外観に表れた千年を超える営為の痕跡だけではありません。背景にある物語や伝説も、大きな魅力になっています。
「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道だと感じている」
マリナーズ、イチロー選手のこの至言は、人が小さな経験を積み上げながら豊かに老いていくことに、通じるような気もします。
グローバリズムと技術主義の神話が崩れ、時代は「不確実性の霧の中」(佐伯啓思・京大大学院教授)にあるようです。戦国武将にあこがれを抱く「歴女」たち。もしかすると、直江兼続や石田三成の生涯に、未来を生きるよすがを探しているのでしょうか。
だとすれば、視界不良の時代を生き抜くヒントは、シルバー世代の経験や知識の中にも豊富に秘められているはずです。
◆安心の環境さえ整えば
物語や技術を伝え残してもらうだけでは、もったいない。鳩山新政権に最も期待されている子育て支援や省エネ、防災などにつなげない手はありません。それは「遺産」ではなく「資産」です。その資産を家族や社会のために活用したいと考えるシルバーは、決して少なくありません。
三重県尾鷲市には、日本が誇る世界遺産の熊野古道が通っています。地域の過疎化が進む中、港に近い天満浦地区では九年前、シルバー世代を中心に「天満浦百人会」というグループが結成されました。月見やひな祭りなど季節のイベントを開いたり、古道観光のための施設に郷土料理を提供したり…。「行政からの補助金に頼らずに、地域を元気にしよう」がモットーです。会員たちは自らを“国家公務員”になぞらえます。年金で安定した暮らしがあるから、その分地域に貢献しようと考える、ゆとりと意欲が生まれます。
シルバーの潜在力を引き出すためには、医療も含めた社会保障の立て直しがまず不可欠です。その上で、それぞれの健康状態や家庭環境、意欲に応じて、「張り合いの老後」を求める人には活躍の場を、「安らぎの老後」を望む人にはいやしの園を、選択できる仕組みづくりが必要です。
例えば、三世代同居家庭に対する大幅減税というアイデアは、いかがでしょうか。
戦後間もなく、兵庫県の小さな村で始まった敬老の日も、「敬老」というよりは、儀礼的に長寿を祝う日のようになりました。毎年日付を変えられながら、やがてただの「休日」として、連休の中に埋没しようとしています。
◆心からの敬意がわく
お年寄りたちの、文字通り、いぶし銀の輝きを近くで目にできる社会を育てたい。そうすれば、後に続く世代の中にも、「祝老」にとどまらず、心からの敬意が自然にわき上がってくるはずです。
それは、新政権が高らかに掲げた「自立と共生」「社会のきずなの再生」、そして「友愛の社会」の実現にも、きっと結び付いていくはずです。
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