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鳩山由紀夫首相が誕生した。
「日本の歴史が変わる。今回の総選挙の勝利者は、国民のみなさんだ」
新首相の感慨も当然だろう。有権者が自らの手で直接、政権交代を実現させる。それは、明治以来の日本近代政治史上初めての出来事である。
維新から10年余を経た1879年、福沢諭吉は著書「民情一新」で、当時の英国の政治の姿を紹介した。いわく、英国には「守旧」「改進」の二つの党派があり、それぞれが一進一退、「相互(あいたがい)に政権を握る」。この「平穏の間に政権を受授する」仕組みをこそ、学ぶべし――。
福沢の夢は、それから実に130年の時を費やし、ようやく実現への一歩を踏み出したことになる。
歴史を画する政治的事件にしては、いささか静かな船出かもしれない。01年、小泉純一郎氏が表舞台に駆け上がった時のような喝采はない。
新首相の祖父一郎氏が1954年に政権についた時には「鳩山ブーム」が起きた。脱「占領」、脱「吉田茂」という時代の気分を、新首相の登場が代弁したとされる。その孫も、長かった自民党一党支配の時代を終わらせる大事業を成し遂げたのだが、有権者に沸き立つような高揚はない。
■背骨となる思想は何か
この責めは新首相に帰すべきではないだろう。おそらく、私たち有権者の政治に対する距離感とでもいうべきものが変わったのだ。
森政権時代に極まった自民党政治への不信。曲芸じみた「小泉劇場」への一時的な熱狂。そのぶん深くなった後継3代の首相への失望。こうしたいきさつが、政治的な熱冷ましの役割を果たしたのではないか。
有権者は決然と政権交代を選んだ。しかし、新政権に向ける視線は甘くはない。何を語り、何を実行するのか、じっくり見極めようとしている。
鳩山新首相がまずやるべきことは、このように冷静な有権者に、「変化」を実感させる力強く具体的なメッセージを届けることである。
鳩山氏の政治哲学といえば「友愛」だが、あまりにふんわりしていて有権者の腑(ふ)に落ちにくい。
憲法改正では、かつて「試案」を出版した。しかし、それが現実の争点になる時代ではないし、そのつもりもないだろう。当然である。
では、鳩山政権の背骨となる思想は何か。腰の据わった言葉を聞きたい。本格的な所信の表明は臨時国会を待つにしても、それまでにも機会はあるはずである。
期待は、たやすく幻滅に変わる。新首相自身が重々自覚しているように、必ずしっぺ返しがくる。変化への願望に「答え」を出せなければ、民意は本当に冷え込むことになる。
幸い鳩山氏は、自身の置かれた立場を客観的にとらえるすべを知っているように見受けられる。
曽祖父の代からの政治家一家に生まれた毛並みの良さを、「親の七光りどころか、二十一光り。弟もいれれば二十八光り」と突き放して語ったことがある。「宇宙人」とあだ名されようが、気にするそぶりもない。
■したたかさと危うさ
その政治的な来歴を振り返っても、意外にしたたかな側面を見いだすことができる。
93年、自民党を飛び出して新党さきがけを結成し、細川連立政権に参加。96年の旧民主党旗揚げにあたっては、武村正義さきがけ代表の参加を拒み、その「排除の論理」は流行語大賞にまでなった。菅直人氏との「2人代表制」など、斬新な発想も打ち出した。
98年には新民主党を結成。小沢一郎氏が率いる当時の自由党との合併を、最初に手探りしたのも鳩山氏だった。このときは挫折するが、後に民由合併は実現し、今日の礎となった。
「真っ暗闇の絶壁の下が水なのか岩なのかわからなくても、スタスタと進んで飛び込んでしまう」
菅氏がかつて語った鳩山評は、その政治的な人となりを活写している。
その勇気は「危うさ」と裏腹だが、首相として熟慮の上なら歓迎である。
とはいえ単騎独行型のリーダーというわけではない。今回の「全員野球」の組閣からもそれはうかがえる。多彩な人材を幅広く配置した。「左右」「保革」といった戦後の枠組みが、いよいよ遠景に退いていく印象がある。
一方で、政治家としてのわきの甘さには依然不安が残る。
■言葉の重みかみしめよ
虚偽献金問題では、自身の初心を思い出してほしい。リクルート事件後、鳩山氏ら当時の若手議員が集った「ユートピア政治研究会」は89年、個々の政治活動費の実態を公表した。政治とカネをめぐる改革論議を前進させる契機となった行動である。いまも政治史に刻まれる軌跡を、汚していいのか。改めて国民に説明するべきである。
言葉の軽さも気にかかる。危なっかしい発言に周囲ははらはらしている。その「語録」が、おもしろおかしく収集されたりしてきた。
政治は言葉である。政治指導者は、言葉によって浮きもすれば沈みもする。新首相がまず磨くべきは、言葉による発信力である。
「すべてこれからが勝負」。この言葉の次に何をなし、それをどう語るか。耳を澄ませよう。