カバは多分、動物園の人気ナンバーワン、というタイプではない。だが、強さと愛嬌(あいきょう)が同居した巨体や容貌(ようぼう)、悠揚迫らざる風情ゆえだろう。ファンは少なくない▼最近なら、俳人の坪内稔典さん。カバを詠んだ句も多く、全国の動物園のカバを訪ね歩いた本までものした。『山月記』などで知られ、今年が生誕百年の作家中島敦もそうだったに違いない。カバを主題にした歌をいくつも残している▼<ぽつかりと水に浮きゐる河馬の顔郷愁(ノスタルジア)も知らぬげに見ゆ>も、その一つ。中島の時代なら、恐らくアフリカ生まれのカバだ。今、動物園にいるのは、ほとんどが内外の動物園で繁殖した個体だと思うが、血脈は同じところに行き着くはず。果たしてどんな思いで“異郷”にあるものか▼彼らの遠い故郷が今年、厳しい干ばつに見舞われている。最近の報道によれば、ケニア南部のツァボ西国立公園では、極端な餌や水の不足から半年間に八十頭ものカバが死んだのだという。生存するカバの多くも衰弱している▼二十年近く前になるが、取材でそのツァボ西国立公園を訪れたことがある。公園内の泉、ムジマ・スプリングスで、何十頭もの野生カバに出会った時の感激は忘れない。それだけに、つらい▼顔を見に、久しぶりに動物園に行ってみたくなった。<水の上に耳と目とのみ覗(のぞ)きゐていぢらしと見つその小さきを>中島敦