透明な音色だった風鈴が、ある日を境に、落ち着きのない響きに聞こえることがある。風の香り。空の色。人の歩く速さ。日常の風景に隠れた小さな違いが重なり合って、同じ音が全く別の意味を語り始める。そんな変化の瞬間がある。
▼鋳物の技を伝える盛岡は、秋を予感する日の訪れが早い。年間10万個の風鈴をつくる南部鉄器の鋳造所は、夏の盛りに工場の様子が一変する。道具を奇麗に片づけて、冬に売れる鍋や急須の製造を始めるからだ。工程は同じだが、風鈴は流し込む鉄の成分がわずかに違う。二つが混ざると澄んだ音色は生まれない。
▼涼しさは瞬間の感覚である。風鈴の音に涼を感じるのは、微妙に変わる風をとらえ、気ままに鳴り方が変わるから。メトロノームのように几帳面(きちょうめん)では、少しも涼しくないだろう――。寺田寅彦は随筆「涼味数題」で、風鈴の秘密についてこう書いている。なるほど、風鈴には変化を大きく映し出す力があるらしい。
▼政界も変化の瞬間である。連立政権の協議がまとまった。新政権の閣僚には、民主党の面々に加えて社民党と国民新党の党首の顔が並ぶことになる。異質な成分が混ざって、音色は濁らないだろうか。風景の変化を敏感に感じ取れるだろうか。不安は尽きないが、まずは耳を澄ませたい。落ち着かない秋が始まる。