花のいのちはみじかくて……と唱えれば、続く言葉が口をついて出る。「苦しきことのみ多かりき」。ため息まじりのつぶやきが似合うだろうか。作家の林芙美子が愛誦(あいしょう)し、好んでしたためた名文句だ。世に知られて半世紀にはなろう。
▼若いときに苦労を重ねた芙美子ならではの慨嘆だと思っていたら、ちょっと見方を変えそうな発見が報じられていた。作家直筆の未発表の詩が見つかり、こういうくだりがあるという。「花のいのちはみじかくて/苦しきことのみ多かれど/風も吹くなり/雲も光るなり」。これこそ原典ではないか、とのことだ。
▼「矢でも鉄砲でも飛んでこい」とか「ヘエ、街はクリスマスでございますか」とか、かの「放浪記」を読むとこの人の突き抜けた明るさに感じ入る。周囲に迷惑もかけたというが、天性の体当たり精神だろう。新発見の「花のいのち」にも、辛酸のなかで決して希望を忘れぬ思いがこめられているのかもしれない。
▼本当のところは泉下の芙美子に聞いてみないと分からない。それでも47年の生涯を急ぎ足で駆け抜け、今も若い人に読み継がれる作家が残した言葉の、なかなかの味わい深さだ。「苦しきことのみ多かりき」。こう言い切りたいときもあるけれど、人生は「風も吹くなり/雲も光るなり」。少しばかり勇気がわく。