インドで開いた世界貿易機関(WTO)閣僚会合で、自由貿易の強化を目指す交渉再開が決まった。昨年から中断していた多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)が動き出す。
金融危機を受けた需要収縮を背景に、世界各国で貿易保護主義が台頭している。新興国や途上国を含めて交渉への意欲を確認したことは、保護主義に対抗する歯止めになる。
だが、安心はできない。今月半ばに交渉が再開した後は、まず米国の姿勢を注視する必要がある。
オバマ米大統領は就任前に北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しを掲げるなど、保護主義色が指摘されていた。政権の発足後は自由貿易の方向に軌道修正したが、具体的な政策方針はまだ不透明だ。
米国内の消費低迷は長期化しそうだ。経営破綻したゼネラル・モーターズ(GM)が象徴するように、米製造業は政府支援や市場保護を期待している。その一方で、サービス産業は外需の開拓に必死となり、新興国・途上国に市場開放を迫るようオバマ政権を突き上げている。
カーク米通商代表部(USTR)代表は、農業と鉱工業品の合意を先行させる従来方式を改め、サービスなどに交渉対象を拡大する提案をした。ブラジルなど新興国・途上国は「交渉が後退する」として一斉に反発し、議論は深まらなかった。
多くの国の利害が絡む多国間交渉では、議論の流れを築く推進役の存在が欠かせない。これまで指導力を発揮してきた米国だが、世界の需給構造の変化を受けて、自由貿易に対する姿勢を微妙に変えつつある。
再開で合意したとはいえ、主要国の間の溝は深い。世界的な同時不況で、各国が妥協できる余地が一段と小さくなっているからだ。現実の交渉では各国が国内で抱える問題が噴出し、調整は難航するだろう。
日本国内でも保護主義の圧力は高い。民主党は自由貿易の看板を掲げる一方、農業支援の拡大を打ち出した。一歩間違えば、保護主義に陥る危険と背中あわせである。
WTO交渉を再び迷走させてはならない。自由貿易を守る日本の新政権の責務は重い。経済外交で世界に存在感を示すためにも、説得力がある通商政策の方針を示すべきだ。