明治時代に入り、税金を預かり運用する「官金取り扱い」で銀行は潤った。三井銀行(現在の三井住友銀行)もその権利を得て、恩恵を受けた。ところが1892年に実質的なトップに就いた中上川(なかみがわ)彦次郎は、あっさり特権を返上した。
▼官金取り扱いが行内をぬるま湯にすると考えたからだった。手堅い収入にはなるが、政府への依存心が強まり、新しい利益源を生みだす気概がうせることを恐れた。焦げついていた政府関係者への貸し出しも放っておかず、のちの首相、桂太郎の実弟への貸付金も回収した。政府とは距離をおくという宣言だった。
▼それから110年余りたち、政府と企業の関係はどうなったか。残念ながら政府頼みの姿勢はなお残る。大型公共工事を見直す考えの民主党が大勝し、建設業界は落胆を隠せない。公共工事で当座の苦境はしのげても、企業の競争力向上にはつながらない。官金取り扱いに依存していた明治の銀行と同じにみえる。
▼官金の仕事をやめた中上川は次々と改革を実行した。行員の報酬は当時では異例の実力主義で決め、王子製紙などを三井グループに入れた。政府頼みが珍しくなかったなかで、自力で成長基盤をつくり直した。一方、現在は政府を頼りたくても財政難で、頼れないのが実情だ。そこを企業は直視しているだろうか。