プロの将棋を観戦した志賀直哉が、感想を画家の梅原龍三郎に伝えた手紙が残っている。「精コンをあれ程(ほど)傾けつくして戦い、その本統のところは少数の専門家にしか分からず、しかも一般にこれ程ウケているというのは不思議なものだ」
▼そう。中身は分からないけれど棋士の精魂の深さは伝わってくる。作家もその魅力に取りつかれるのだろう。へぼを任じていた坂口安吾など、プロの対局に二昼夜つき合って疲労困憊(こんぱい)した揚げ句に「一手でもってひっくり返るつばぜり合いの激しさは、やじ馬が見ていてこんな面白いものはない」と吐露している。
▼それでも、今の将棋界には誰でも分かることがある。17年君臨し続けるとてつもなさである。王様や独裁者ならいざしらず、スポーツや勝負事にその例を知らない。安吾言うところの「毛一筋の心の弛(ゆる)みによって、勝ちも負けもする」世界で、17連覇中の羽生善治王座(38)の18を目指す五番勝負がきょう始まる。
▼かつて大山康晴名人は「本当の強さとは頂点が長く続けられること」と言った。羽生さんも著書に「大切なのは実力を持続すること」と書いた。「17」は強さのこの上ない証しだろう。ことしはイキのいい山崎隆之七段(28)が挑む。所詮(しょせん)やじ馬、毛一筋の差は見えぬとあきらめ、二人の精魂に目を凝らすとする。