まず白の女王の指から突然、血が流れる。女王のショールを留めていたブローチが外れ、留め直そうとして、針が指に刺さるのは、その後。物事の起こる順番が、逆なのだ。ちょうど鏡像みたいに▼それもそのはず。そこはキャロル『鏡の国のアリス』でアリスが入り込んだ鏡の中の国。一事が万事で、白の女王は「記憶は過去にも未来にも働く」と宣(のたま)う。「まだ起こらないことを思い出すなんてできない」と驚くアリスに、女王はあきれ顔で言う。「情けない記憶力ね」▼さて、鏡の外の日本国ではいよいよ、あす総選挙の投票日。アリス同様、まだ起こらないことを思い出すのは無理だが、日曜日に下す審判で決まってくる、われわれの未来である。“情けない記憶力”は旺盛な想像力で補うほかない▼かつて、ある選挙で無党派層百人の意識調査をした時、投票する人を決める時期をたずねてみたことがある。少し意外だったが、「投票日直前」が20%、「投票日当日」が11%、「投票所に行ってから」が6%もいた▼時代も政治状況も違い、そのままは当てはまらない。が、今回も、それに近い傾向があるとするなら、候補者たちの、きょう最終日の訴えはかなり重要ということになる▼間違った決断をすれば、鏡の国と違い「痛み」は後でやってくる。最後までよくよく考えたい。選ぶ側にも、大事な最終日である。