新潟市で開いた国連軍縮会議の会場では、核軍縮の足音が遠くから聞こえた。それを現実の歩みにするための議論があったが、幻聴に終わらぬとも限らぬ現実も語られた。
国連軍縮会議は冷戦末期の1989年に京都で開いて以来、毎年夏に日本で開き、21回目となる。
ことしの会議は4月のオバマ米大統領のプラハ演説で核軍縮の機運が盛り上がるなかで26日から開いた。全体で約20カ国から約80人の政府関係者や専門家が参加した。
これに続き、9月24日にはオバマ米大統領が議長になり、核軍縮・不拡散を議題とする安保理15カ国の首脳会議がニューヨークで開かれ、日本の首相も出席する。24、25両日は包括的核実験禁止条約(CTBT)発効促進会議が開かれる。
10月には日本とオーストラリアが主導する核不拡散・核軍縮国際委員会が広島で予定され、核軍縮の道筋を示す。年内に期限が切れる米ロ戦略兵器削減条約(START1)に続く条約の合意も想定される。
2010年3月にはオバマ氏が提唱した核セキュリティーに関する首脳会議、さらに日本が主催する世界核軍縮会議も計画されている。
いずれも10年5月の核拡散防止条約(NPT)運用検討会議に向け、核軍縮に弾みをつける場となる。日本の観点にたてば、新潟がその出発点となる。
新潟会議では、旧ソ連の核兵器を「廃絶」したカザフスタンのサウダバエフ国務長官が基調演説した。川口順子元外相とエバンス元豪州外相は、2012年までの短期、25年までの中期、それ以降の長期に分け、核軍縮の道筋を語った。北朝鮮やイランの核問題の解決、CTBTの発効などが短期の課題とされた。
会議場は横田めぐみさんの拉致現場から遠くない。泉田裕彦新潟県知事は「非核化が進まないと拉致問題も進まない残念な現実がある」と述べた。北朝鮮の非核化をめぐっては日本と中国の参加者の食い違いも表面化し、短期的課題の解決さえ難しい現実を見せつけた。
「核兵器のない世界」への足音を空耳にしないための行動が要る。効果的な手はないようだが、新潟会議には運動としての意味はあった。