HTTP/1.1 200 OK Connection: close Date: Sun, 16 Aug 2009 00:18:51 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Age: 0 東京新聞:終戦の日に考える 九条とビルマの竪琴:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

終戦の日に考える 九条とビルマの竪琴

2009年8月15日

 八月のジャーナリズム、と蔑(さげす)まれても、戦争は問い続けなければならない最重要のテーマです。何より未来のために過去にこだわらねばなりません。

 六十余年の歳月をへても癒(い)やされることのない心の傷。公開中のドキュメンタリー映画「花と兵隊」に衝撃を受けました。

 ビルマ(ミャンマー)・タイ国境で終戦を迎え日本へ戻らなかった未帰還兵たち。異郷の地で、優しげな現地の妻、孫、子に囲まれのどかに暮らしているかにみえる彼らが、なお心の地獄を生きていることを知らされたからです。

◆事実は小説よりも悲しい

 映画はことし三十歳の若き松林要樹監督によるもの。東南アジア、インド、アフガニスタンを貧乏旅行し、アフガニスタンでは昨年八月、殺害されたNGO「ペシャワール会」の伊藤和也さんに励まされ、映画作りの志を遂げました。テレビ局での助手やアルバイトでの蓄えが資金でした。

 松林監督は日本映画学校の卒業生。学校創設者は尊敬する今村昌平監督で、「花と兵隊」は今村監督のテレビドキュメンタリーの傑作「未帰還兵」シリーズ(一九七一年)の続編ともなっています。

 取材と撮影に三年、映画に登場する未帰還兵は六人。うち三人は今村作品にも登場した人物で、今は全員が九十歳前後。シンガポール攻防戦やインパール作戦参加兵だった点が意味をもってきます。

 補給無視での大量の餓死、傷病者ばかりではありません。抗日系華僑の大量虐殺や士気鼓舞のため英兵の生肉を食用にすることが強要されたりなど人道上も大きな問題が残された戦線で、それが兵士の生涯に深刻な影を落としていくことになるからです。

◆戦場は兵に地獄を刻む

 映画は淡々としたテンポで進みますが、やがて未帰還兵の頑(かたく)なな沈黙やたたきつける言葉の断片が観客を凍らせます。「戦友というものはつまらない。それがいやになった」「鉄砲で撃つだけが戦場ではないんだ。食い合うだよ」

 言葉より、表情、手ぶり身ぶりが多くの苦悩を語ります。ドキュメンタリーの問いが祖国に還(かえ)らない理由にあるとしたら「地獄の体験者は人間界に戻れない」と答えているかのようでした。

 未帰還兵藤田松吉元伍長は、一月、九十歳で世を去りました。自宅近くに慰霊塔、遺骨を拾い続けて四十年、八百体の遺骨。友の慰霊にもまして「華僑虐殺」や「食い合った」ことへの謝罪が歴然としています。僧になった「ビルマの竪琴」の水島上等兵より悲しく無残な運命に映ります。

 戦場が兵に刻む永遠の地獄に、洋の東西、時の隔たりはないようです。この三月、多発性骨髄腫でニューヨークで死去、遺骨が石川県加賀市の浄土真宗「光闡(こうせん)坊」に納められた元米海兵隊員アレン・ネルソンさんの六十一年の生涯もそれを物語ります。

 十八歳で入隊、ベトナム戦争に従軍したネルソンさんの本当の地獄は除隊後でした。兵士だけでなく、女、子供、老人が殺され、強姦(ごうかん)、略奪が繰り広げられた戦場。自らも数百人のベトナム人を殺したといい、精神的にも肉体的にも正常を保つのは不可能でした。

 治療通院と路上生活も、回復までに十八年。平和活動を始めたネルソンさんにとって日本国憲法と戦争放棄の九条の出会いが救いでした。ベトナム戦争の殺害者は九条の伝道者に変わっていきます。

 一九九六年の初来日から昨年まで、日本での講演は八百回、三十万人が耳を傾けました。「憲法九条は美しく、奇跡だ」「六十年以上も日本軍に殺された者はない。世界の宝」「九条は日本人を戦争から守ってきた。今度はみなさんが九条を守る番ではないか。失ったら二度と戻らない」

 ネルソンさんの遺志は、遺骨とともに光闡坊の佐野明弘住職に引き継がれました。 

 国が滅びた昭和の戦争で三百十万人の日本人が命を失いました。その一人ひとりへの鎮魂、悔恨や懺悔(ざんげ)、謝罪と贖罪(しょくざい)の念が込められての憲法九条。その平和主義が戦後日本の国是となり、アジア諸国への約束となったのは当然の国民の合意でした。人口の四分の三が戦後生まれとなった今もこれからも、引き継がれるべき忘れてはならない歴史です。

◆現実の困難あればこそ

 現実は理念を裏切ります。「核なき世界」を表明したオバマ米大統領のプラハ演説にも感動と冷笑が交錯します。北朝鮮で核実験、イラク、アフガニスタンの戦火も消えてはいません。しかし、現実の困難をふまえての一歩に希望と未来が見えます。

 「追求しなければ平和には永遠に届かない」。平和も一人ひとりのねばり強い努力です。

 

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