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あの戦争の記憶―世代を超え、橋を架ける

 64回目の終戦記念日を迎えた。

 驚かされる数字がある。被爆地にある長崎総合科学大学の平和文化研究所が、同大の学生を対象に行った昨年の調査で、「終戦の日」がいつかを正しく答えられたのは33.2%。15年ほど前は5〜6割台だった。

 戦後生まれは人口の4分の3を超えた。太平洋戦争の戦場から帰還し、健在な人は推計で40万人前後。最後となった1945年の徴兵検査を19歳で受けた人が、もう83歳だ。

 あの戦争の記憶をどう受け継いでゆくか。年々難しくなる課題に私たちは直面している。

 ■当事者に向き合う

 さいたま市の英会話学校で働く神(じん)直子さん(31)は、学生時代にスタディーツアーでフィリピンを訪ねた。現地の集会で、一人のおばあさんに「日本人なんか見たくない」と言われたことが胸に突き刺さった。日本兵に夫を殺されたという。

 その3年後に知人から偶然、戦地での行いを悔いながら亡くなった元日本兵がいる、と聞かされた。フィリピンで従軍した人の今の思いをビデオメッセージにして、現地の人に届けてはどうか。そう思いついた。

 旧日本軍の部隊名簿などを手がかりに数百通の手紙を出してみた。ぽつりぽつりと返事が来た。神さんはカメラを手に、全国を訪ね始める。

 「お国のために何でもやる。そんな教育に従って生きてしまった気がする」と、振り返った元兵長がいた。

 「強盗、強姦(ごうかん)、殺人、放火……。軍命とはいえ、罪の気持ちはある。でも謝るすべを知りません」。工兵隊にいた人は声を絞りだした。

 話の最後に「無我夢中でゲリラを突き刺した」と、打ち明けた人もいた。

 フィリピンは太平洋戦争の激戦地だ。日米両軍の死闘のなかで、日本の軍人・軍属60万人中50万人が死亡した。フィリピン人も100万人以上が犠牲となった。

 証言の映像を持参したフィリピンでは、元兵士が葛藤(かっとう)を持ち続けていることに驚いた人が多かった。みなではないけれど、許すと言う人もいた。

 神さんにとって戦争の歴史は、モヤモヤとよどんでいる、という。

 教科書の記述や靖国参拝を中国や韓国から批判されると、国内から反発が起きる。海外に行くと、唐突に過去を突きつけられる。でも学校ではろくに近現代史を学んでいない。広島の被爆体験を描いた「はだしのゲン」は読んだことはあるが、海外に出兵した日本人のイメージは具体的に浮かばない。

 あの時代に近づき、戦争に携わった当事者に向き合わなければ、モヤモヤを埋めて先へと進めない――。

 神さんは「ブリッジ・フォー・ピース」という団体を立ち上げた。若者たちが手分けして70人近い元兵士の話を聞いた。フィリピンの市民団体などの協力で、毎年のように上映会を開く。

 ■語り始めた元兵士

 東京都中野区の安田誠さん(86)は航空通信兵だった。フィリピンから復員後、薬の輸入商社で働き、子会社の社長まで務めて引退した。

 2等兵の経験談など、だれも耳を傾けまいと思ってきた。だが、気がつけば、外国に対し勇ましいことを言う空気が世にあふれている。戦地の悲惨さを、若い者は知らんのだろうか。

 孫に2年前、戦争を語る集会に連れて行かれたのが契機になった。請われるまま公民館などで話す。散歩中に同年配者を見かけては、仲間に誘う。

 元兵士たちの体験を、共有できる形にして残そうという試みもある。

 東京都北区の民家に先月、小さな史料館が開館した。20〜30代のボランティアらでつくる「戦場体験放映保存の会」が、4年前から聞き取りを進めてきた。証言映像のDVDと手記類を合わせ、まず2200人分を公開する。

 「国民的な記憶だったはずの従軍体験を、できるだけ残すことが、戦争を知らない孫たちの世代の使命。あと5年、いや3年が勝負です」と、同会事務局長の中田順子さん(35)は言う。

 元兵士が仲間に呼びかける形で、証言の輪は広がっている。合言葉は「戦友(とも)よ、語ってから死のう」。安田さんもその一人に加わった。

 ■体験者なき戦後へ

 NHKが進めるプロジェクト「戦争証言アーカイブス」では、従軍経験を語る映像がウェブ上で閲覧できる。10月までの試行で約100人分。銃後の経験を含めた証言をもっと増やし、11年には本格サイトを完成させる。

 番組制作で集めたインタビューを未放送分も含めて収録し、戦場名や年表からの検索も可能にした。日本人の戦争体験全体を、体系的・総合的に整理するねらいだという。

 社会の中で薄れてゆく記憶を、つくりなおす。世代を超えて橋を架ける作業がいくつも進められている。

 ごく普通の人が、国の誤った道に巻き込まれ、極限の状況下で、加害者にも被害者にもなる。無名の元兵士たちが若者に語り残すのは、そうした戦争のリアリティーだ。その集積を、日本が二度と過ちを繰り返さないための共有財産にしてゆこう。

 戦場の現実を踏まえない議論を、政治の場で横行させてはならない。

 遠くない将来、あの戦争の体験者はいなくなる。それからも、私たちは「戦後」の時間を刻み続けていく。

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