クリントン元米大統領の突然の訪朝は、米国人記者の釈放が目的だが、北朝鮮には対米交渉の糸口をつかむ狙いがありそうだ。米国には「非核化」の障害になる妥協はしないよう求めたい。
釈放を求めているのは、米国のテレビ局に所属する二人の女性記者だ。三月中旬に中朝国境地帯で取材中に北朝鮮当局に拘束され、実刑判決を受けている。
今回、クリントン氏は個人の資格の訪問といわれるが、金正日総書記とも会談した。昨年夏以来、西側の人士と会うのは初めて。北側の期待の表れだろう。
釈放は、人道的な観点からも必ず実現すべきだ。注目したいのは今回の訪朝が、米朝政府間協議、さらには六カ国協議の再開につながるかどうかである。
超大物の訪問は、北朝鮮側の要望といわれる。今年前半の中長距離ミサイルの発射、核実験で招いた国連安保理による経済制裁を停止させ、北朝鮮が望む米朝直接交渉、関係改善につなげる思惑もありそうだ。
クリントン氏は夫人が国務長官を務めている。北朝鮮首脳に対し六カ国協議への復帰を求め、オバマ政権が提案した「包括的解決」などについて説明したはずだ。
周辺国には、これを機に米朝接触が始まるとの見方が強い。オバマ政権は「前車の轍(てつ)」を踏まないよう留意してほしい。
ブッシュ前政権は二期目に入って融和政策に転換し、偽ドル紙幣にからむ金融制裁まで解除して北朝鮮に譲歩した。しかし北朝鮮は「非核化」の求めに反発して、六カ国協議を中断したままだ。
北朝鮮は、金正日総書記の健康不安もあって、米国による「核保有国」認定を急いでいるようだ。相次いだミサイル発射や核実験はその要求を通すためでもある。
軍事的脅威の行使で、要求を実現できるという誤った判断をさせてはならない。
一九九四年のクリントン政権時の核危機に際しては、やはり元大統領のカーター氏が訪朝、金日成主席(当時)と会談して、米朝対話が再開され「米朝枠組み合意」がまとまった。
この時は、既存の核に言及せず、核関連施設も「凍結」にとどまったため、核開発再開の余地を残してしまった。
先にクリントン国務長官は「北朝鮮の中途半端な対応に報酬を与える考えはない」と言明した。その基本を崩さないでほしい。
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