政治家が今欲しくてたまらないもの、といったら何だろう。「スピーチライター」はリストに入るだろうか。例えば数々の感動を生んだオバマ演説を手掛けたジョン・ファブロー氏のような▼愛称「ファブス」。オバマ大統領との偶然の出会いが面白い。五年前の米民主党大会。まだ無名だったオバマ氏が舞台裏で基調演説のリハーサルをしているところに居合わせ表現の重複を発見、手直しを進言したのが始まりだ▼二十八歳の若さ。ホワイトハウス入りした今でこそスーツも着用するが、それ以前はジーンズ、執筆は喫茶店で通した。オバマ氏の自叙伝を暗唱するほど読み込み、今やその「心が読める」距離にいるとされる▼為政者の口を通して歴史に言葉を刻む醍醐味(だいごみ)は経験者でないとわかるまい。ブッシュ前政権で数々の主要演説を任されたM・ガーソン氏も政治的立場を超えて一目置く▼もっとも、オバマ氏自身、書いて良し語って良しの多才ぶりで知られる。スピーチライターは畢竟(ひっきょう)オバマ氏自身で、ファブスはその触媒役といったところが実態のようだ▼「党大会演説では、あなた自身の物語が米国の物語につながっていた。それが人々の心に触れたのだと思う」。オバマ陣営入りする際、決め手となったファブスの一言だ。内から湧(わ)き出る言葉で語られる大きな物語。二人で紡ぐ演説の原点だろう。