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天声人語

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2009年7月29日(水)付

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 野地(のじ)秩嘉(つねよし)さんの近著『ヨーロッパ食堂旅行』に、パリの料理店主の回想がある。これがちょっといい。その昔、店で一番安い定食を頼んだ米国人カップルが、書き置きを残したそうだ。〈新婚旅行の食事のうち、ここのが最高でした〉▼約30年の後、4人家族が高級ステーキを注文し、シャンパンを何本も空けた。勘定でハネムーンの思い出に触れたので、もしやと店主、かねて保存の紙片を見せる。夫婦は涙ぐんだという。店と客の交わり、こうありたい▼逆がローマの一件だ。6月、さる有名店で昼食をとった日本人の男女が、約9万4千円も払わされ、警察に駆け込んだ。パスタが2万8千円、勝手に上乗せされたチップが1万6千円ときては、旅情も何もない▼その後の展開はさらに劇的だった。150年の歴史を誇る店には営業停止の沙汰(さた)が下り、観光大臣が「おわびに被害者をローマに招きたい」と発表した。なにしろ日本の旅行者は90年代のピーク時からほぼ半減、政府も座視できないらしい▼野地さんの本には、ローマの同業者の話もある。「世界都市だったから、どんな人でも文化でも、受け入れたんだ」「店にくる客はみんな家族だ」。世界遺産の上にあぐらをかいたか、良き伝統の陰であこぎな商売がはびこったとみえる▼特別な日に外食するのは、単にプロの味を求めてのことではない。親しい人や店員との語らい、厨房(ちゅうぼう)からのにおい、心地よいざわめきなどを、私たちは思い出というお土産つきで買う。かけがえのない空気と時間に、払い戻しは利かない。

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