日本文化には「翁(おきな)の思想」という伝統があった、と宗教学者の山折哲雄さんが書いている。人はいっぺん死んで神になる。だったら翁、つまり老年の人が一番神に近いところにいることになる。そうした信仰が老人への尊敬の念をはぐくんだのではないか……。
▼「老人こそ人生の主役であるという考え方が、そこには濃厚に存在していました」。残念ながら過去形だ。そして「日本の社会は、この『翁の思想』をかなぐり捨てているような気がして仕方ありません」と、こちらの方は現在形なのである。(「山折哲雄セレクション 生きる作法2」)
▼「もみじマーク」のデザインが見直されるという。「もみじというより枯れ葉か涙」と高齢ドライバーに悪評ふんぷんだったというから、それもよかろう。いったんはマークが義務化され、張らないと罰則まで科す法律もできたが、「高齢者いじめだ」との批判でチャラになった。これも結構なことには違いない。
▼しかしどうだろう。追い越し禁止の1車線の田舎道。前の車に追いついたらもみじマークが見える。そんなとき、お若い方ならずとも口か心中かでチェッとやっていないだろうか。この舌打ち、マークのデザインがどう変わろうとも関係ない。要は「翁の思想」、神に一番近い人への敬意ありやなしやなのである。