ウィーン北東部のドナウ河畔に、円弧をモチーフにした建物群が広がる。冷戦下、中立政策を掲げたオーストリアが国連機関を誘致した国際センターだ。国際原子力機関(IAEA)も本部を置く▼北朝鮮・寧辺(ニョンビョン)の放射化学研究所をめぐる核疑惑が明るみに出た頃(ころ)、現地の専門家と「将来もし北朝鮮が核保有国になったら」と仮定の議論をしたことを思い出す。ほぼ二十年を経て仮説は半ば現実となり、さらにイラン、シリアの核開発疑惑も広がる。「核の番人」への風当たりはきつい▼当時現地代表部勤務だった北朝鮮外交官の名が、先に国連が発表した制裁対象者の中にあった。北朝鮮の核への執着心を見る思いだ▼独裁国家の意思は読みがたい。独裁国家も民主国家の意思を読めない。イラクのフセイン元大統領が民主体制を理解できず、米大統領が戦争時なぜ議会と相談しているのか側近に尋ねたことがあった。外交交渉以前の問題として言葉の断層がある▼「原子を分裂させるほうが偏見を分裂させるより容易だとは、なんと陰鬱(いんうつ)な時代なのか」。アインシュタインの箴言(しんげん)だ▼IAEA次期事務局長に選出された天野之弥(ゆきや)・ウィーン国際機関代表部大使。オバマ米大統領が提唱する核サミットが開催される来春には就任している筈(はず)だ。核廃絶へ僅(わず)かながらも差し始めた曙光(しょこう)。「陰鬱な時代」にだけは戻してはなるまい。