法務省の勉強会が、殺人罪の時効廃止など凶悪犯罪について公訴時効見直しの方向性を打ち出した最終報告書をまとめた。
法務省刑事局がさらに詳細な検討を進め、刑事訴訟法など関連法の改正を早ければ年内にも法制審議会に諮問する方針だ。今後の政治情勢次第だが、実現すれば日本の刑事司法制度の大転換となる。
見直し案は、人の命を奪う「生命侵害犯」のうち法定刑の特に重い罪は公訴時効を廃止し、傷害致死罪などより軽い罪は時効期間を延長する方向で検討する。廃止・延長とも既に時効が進行中の事件にさかのぼって(遡及(そきゅう))適用する可能性もあるなどとしている。
時効は2004年に刑事訴訟法が改正され、死刑に当たる罪が15年から25年に、無期懲役・禁固に当たる罪が10年から15年に延長されたばかりだ。改正から5年で再び法律を見直すのは異例である。
背景には、急速に進む被害者支援の流れを受け「被害者家族の気持ちに時効はありません」と訴えてきた被害者・遺族の処罰感情の高まりがあろう。
勉強会は4月以降、犯罪被害者団体や日弁連、警察庁などからヒアリングを重ね、5、6月には一般から意見募集した。電子メールやファクスなどで寄せられた9割が公訴時効の廃止に言及し、うち8割が賛成する内容だった。法務省は国民の声を無視できなかったのだろう。
しかし、報告書の内容は細部まで固まっていない。時効廃止と延長の罪の軽重をどこで分けるのか基準を設定するのは難しい。過失犯を生命侵害犯に含めるのかも今後の課題だ。
時効の遡及適用は重大な問題で、法務省は憲法上は許されるとの見解だが、憲法の禁ずる「遡及処罰」に当たるとする学説もあるだけに慎重に検討しなければならない。
時効が廃止・延長されれば、警察は未解決事件の捜査を長期間続けねばならず、捜査人員や証拠保存などの手当てが必要で、財政的に負担になることも指摘されている。
容疑者・被告への人権の配慮もおろそかにはできない。時間が経過するほど事件を記憶する証人は減り、アリバイなどの証拠も乏しくなる。裁判で被告を弁護することが難しくなり、冤罪(えんざい)を生む危険も高まる。
公正な裁判を実現するためには感情論に流されることがあってはなるまい。見直しの在り方について冷静かつ慎重に議論を尽くす必要がある。