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鍋にせよ万年筆にせよ、使い込んだ道具には、体の一部になったような安定がある。愛着もわく。同じことが「人生」にも言えるようだ。作家の田辺聖子さんが老いの日々を、「人生そのものが、ようく使い込んで身に合ってきた」と書いている(『楽老抄』)▼六十路の後半の一文である。その年の夏には、もらったうちわに「老いぬれば メッキもはげて 生きやすし」としたためたそうだ。老いと道づれ、あるがままにという、人生の達人らしい肩の力の抜けようがいい▼それに一脈通じよう、「ウイズ・エイジング」という考え方を先ごろの小紙で知った。加齢に抗する「アンチ・エイジング」の逆で、訳せば「老いとともに」となる。高齢医学が専門の杏林大教授、鳥羽研二さんが提唱している▼若さは素晴らしい。だが年を取るのも悪くない。顔のしわは年輪の証し。記憶力は衰えても、季節や身辺への感性はむしろ豊かになる。鳥羽さんによれば、70歳の語彙(ごい)は20代の2倍以上もあるのだという▼〈厚顔可憐(かれん)の老境は はじめてきたが おもしろい……〉。90歳になった漫画家やなせたかしさんは、近著の『たそがれ詩集』(かまくら春秋社)につづる。老化をむやみに嫌ったり落胆したりせず、かといって背も向けない。鳥羽さんの理念に通じるものがあろう▼一つの言葉から膨らむイメージがある。「アンチ」と尖(とが)らぬ「ウイズ・エイジング」の穏やかさは、深まりゆく人生への敬意も呼びさます。高齢社会のきびしい現実の中でこそ、広まってほしい言葉である。