「核の番人」と呼ばれる国際原子力機関(IAEA)の次期事務局長に初めて日本人が選ばれた。核兵器と関連技術の拡散を防ぎ、同時に原子力の平和利用を促進する強い指導力を期待する。
当選したのはウィーン国際機関代表部の天野之弥大使。外務省で軍縮、核不拡散、原子力部門を歩んできた。十二月に就任する。
ウィーンを舞台とした選挙戦では「広島、長崎を経験した日本から来た」と語り、日本は核の平和利用という政策を一貫して進めた「模範的な国だ」と訴えた。
日本には長い歴史を持つ反核運動がある。政府も過去十五年間、国連総会で核廃絶決議案を提出してきた。唯一の被爆国からの事務局長選出だ。日本が進めてきた核不拡散と原子力の平和利用を両立する政策を、国際社会でさらに具体化させたい。
オバマ米大統領が四月、プラハで「核なき世界」演説をし、米国とロシアが戦略兵器削減交渉を開始するなど核軍縮の動きが出てきた。しかしIAEAの現状を見ると、難問が山積している。
イランは国連安保理やIAEAの要求を拒否して、ウラン濃縮活動を続けている。大統領選による混乱を受けて、次期政権は国内を結束させるためさらに対外強硬姿勢を強めて、核開発を加速化させる恐れもある。
北朝鮮は今年四月、寧辺の核施設を担当していたIAEA監視要員を国外退去させた。
IAEA事務局長には両国の核問題で、米国やロシア、中国など関係国の関与を見極めながら対応する政治力も必要となる。
核を保有する先進国は不拡散体制の強化を優先するが、途上国は平和利用が目的なら核技術を移転すべきだと主張する。六月のIAEA理事会では、原発燃料となる低濃縮ウランを安定供給する「核燃料バンク」の創設が議題となったが、途上国側は自国の原子力発電の道が閉ざされると反対した。
天野氏は選挙戦の信任投票で、当選ラインにやっと届く薄氷の勝利だった。「日本は米国寄りすぎる」とみなして反対票を投じた途上国もあるといわれる。支持基盤は万全とはいえないようだ。
先進国と途上国の対立をどう調整していくか、天野氏には核廃絶という日本国民の願いを念頭に指導力を発揮してもらいたい。
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