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家に近い小学校の渡り廊下に「創立120周年おめでとう」とある。正面の100円ショップには「おかげさまで10周年」の張り紙。この商店街の放送によると、買い物スタンプが15周年を迎えたそうだ▼思えばいつも何かの年、何かの日である。祝日や時候の節目のほか、誰かの誕生日や命日、過去の出来事が365日を埋め尽くす。今日も何かを懐かしみ、思いを新たにする人がいるだろう▼〈「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日〉。87年、24歳の高校教諭だった俵万智さんの第一歌集『サラダ記念日』は社会現象になった。ありふれた日常、平凡な言葉が文芸になると知り、超私的な祝日があると教わった▼俵さんが実際にほめられたのは、サラダではなくから揚げだという。後年、高校生たちに明かしている。「ごちそうでなくてもおいしく感じさせるのが恋の力。短歌では、心の本当を伝えるための、言葉のうそが許されます」▼彼女の〈恋という遊びをせんとや生まれけん〉は、〈かくれんぼして鬼ごっこして〉と結ぶ。見つかるほどに身をかがめ、つかまる速さで逃げてみる。そんな戯れの中からも、忘れ得ぬ日が一つ二つと残っていく。「心の本当」を忘れぬよう、人は月日という目次をつけて記憶に刻み込むらしい▼思い出だけで生きられはしないけれど、人生の目次から再生した感動が、己を励ますことはある。それが大切な出会いでも、から揚げでもサラダでもいい。ぬかるむ日々になぜか巡り来る、記念日という飛び石に救われる。