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「ニュースを斬る」

「女性役員を増やさないと日本は滅びる?!」

緊急鼎談!「安倍さん、女性を勘違いしてますよ」(下)

2013年6月4日(火)  野村 浩子

 「育児休業3年」 「待機児童を5年でゼロに」「上場企業に女性役員を1人」など、安倍晋三首相が次々に掲げた女性のための政策案。賛否両論が湧き起ったこのテーマについ て、東レ経営研究所ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長の渥美由喜さん、ワーク・ライフバランス社長の小室淑恵さん、リクルートキャリアのフェ ロー、海老原嗣生さんの3人に徹底討論してもらった。

 前回「3年育休は女性をダメにする」に続き、発熱した議論をリポートする。

(進行:日経マネー編集部 野村浩子)

「一生ヒラ社員コース」が問題解決につながる

子育てで仕事を辞めた後、働きたいのに職がみつからない女性は340万人を超えると言われています。子育てでブランクを空けた女性が、いかに社会復帰するかも大きな問題。インターンシップ事業やトライアル雇用への助成策も挙がっていますが、これらをどう見ますか。

渥美: 「上から目線」を感じますね。現場を見ると、出産で大企業を辞めた女性の受け皿になっているのは中小企業。従業員が少ないからこそ、柔軟な対応をしてい る。社員の子供率が高い「企業子宝率」が高い企業を表彰するなど「見える化」して、マザーズハローワークで紹介すればいい。

 それから子育てでブランクを空けた人が、就業先や子供の預け先をワンストップで相談できるところがない。マザーズハローワークで、そうしたコンシェルジュ機能を果たすべきで、それこそ国の役割。

女性の年齢別労働力率
女性の労働力は子育て期の30代で低くなる「M字型カーブ」を描く。しかし就職を希望する潜在的労働者は約340万人もいる
海老原 嗣生(えびはら・つぐお)さん
リクルートキャリア フェロー、株式会社ニッチモ代表
上 智大学卒業後、大手メーカーを経てリクルート人材センター(現リクルートキャリア)に入社。新規事業企画等に携わった後、リクルートワークス研究所へ出向 し、「WORKS」編集長に。2008年に株式会社ニッチモを立ち上げ、HRコンサルティングを行う他、リクルートキャリアのフェローとして、同社発行の 雑誌『HRmics』の編集長を務める。専門は人材マネジメント、経営マネジメント論など。著書に『就職、絶望記「若者はかわいそう」論の失敗』など

海老原: 欧米のような「一生ヒラ社員コース」を作れば、問題はかなり解決します。あちらでは、一生働いてもヒラ社員という人が6割以上を占め、エリートはごく一 部。欧米では皆、ワークライフバランスが取れていると日本では誤解されていますが、エリート層は死ぬほど働いていて「眠らない人たち」と言われています。 一方、ヒラ社員は残業がほとんどなくて、ワークライフバランスが無理なく保てる。どうせ出世できないから、男性だって育児休暇を取ったほうが得だから、 しっかり取ります。女性も育休を取り、戻ってきても残業なしだから両立しやすい。周りは皆ずっと平社員だから、育休を取っても後れをとるという焦りもな い。

 一方日本では、大卒社員ならほぼ皆、係長まで上がり、そのうちの大半が課長になっていく。そんなのは、世界的にみて日本くらいです。 しかし日本も、ポスト不足で全員課長になれるというのは幻想となりつつあります。そろそろ日本企業も「一生ヒラ社員」のコースを設計しないといけない。出 世しない代わりに、ワークライフバランス充実、というコース。で、出世の方に進めたエリートたちは、高給と引き替えに、死ぬほど働く。欧米だって、エリー ト女性は家庭を顧みず働いて、家事育児はアウトソースです。ここに誤解がある。日本人は「欧米だとエリートでもワークライフバランス充実」と勘違いしてい る。

渥美:フランスのエリート社員でない人たちは、仕事が終わった後、地元の趣味のアトリエで先生をするなどして、地域でしっかり評価されている。ライフ軸が強い国だから、ライフが充実していればハッピー。日本でも、職業人、家庭人、地域人、そうした多面性が大切になると思う。

「仕事専念社員」は消える。すべての社員が「時間制約社員」に

会社員の給与は1997年をピークにその後、下がり続けています。経済的な理由から再就職したいという女性も増えています。

海老原: 日本の場合、一家4人がそれなりの生活をしようと思ったら、世帯収入が800万円くらい必要ですね。だから旦那の尻を叩いて、係長、課長と進んでもらいた くなる。その分、奥さんは身を引いて、家で育児に専念。で、子育てが終わったころに働きに出て、パートで100万円もらっている。つまり家長が700万円 以上で、奥さんは家計補助で100万円。この常識を欧米型に変えて、一生ヒラで400万円。だけど夫婦両方400万円で家計を800万円にすればいい。た だし、その分、ワークライフバランスはしっかり充実させる。一方、高収入エリート層を目指すならワークライフバランスはあきらめたほうがいい。妊娠中に CEOに就任して話題になった、米ヤフーのマリッサ・メイヤー社長にしても育休は2週間しかとっていない。そんなトレードオフが必要では。

小室 淑恵(こむろ・よしえ)さん
ワーク・ライフバランス社長
日 本女子大学卒業後、資生堂に入社。インターネットを使った育児休業者の職場復帰支援サービス「wiwiw(ウィウィ)」を立ち上げ注目を集める。2005 年に資生堂を退社、06年に株式会社ワークライフバランスを立ち上げる。これまで900社以上の企業に対して、ワークライフバランス、女性活躍推進のコン サルティング、研修を行う。著書に『実践ワークライフバランス プロジェクトの進め方と定着の仕組みづくり』など。私生活でも2児の母として定時に帰る働 き方を実践中。

小室: 日本は、欧米型ではない新しいワークライフバランスの型を作るべきだと思います。24時間寝ない人だけがエリートになれると言っていては、男性も含めてそ んな人はこれからいなくなる。高齢化が急速に進んで要介護者が増えるなか、親を完全に見放せる人しかエリートになれなくなる。

海老原:共働きで稼いで年収2000万円超える世帯なら、介護もアウトソーシングしています。

小室:それは要介護の状態にもよります。要介護1からの高齢者が全員施設に入れるようにすると、財政的には破綻する。

海老原:世帯年収2000万円の人は公的扶助ではなく、自費で負担すればいいでしょう。民間の立派な施設でも月額20万円程度だから、年間240万円です。夫婦でどちらもエリートコースに行くなら、それくらいの覚悟はすべきだと思うのです。

渥美: 要は、公平と公正の問題。公平ばかり追及するのは無理があるが、少なくとも実力のある人なら子育て中の人でもチャンスをもらえる公正な社会にすべき。フラ ンスでは、子どもが6人か7人いるバリキャリのカップルも珍しくない。それでもキャリアアップできるのです。日本でも、それができるようにすればいい。

子育てでブランクを空けた女性の社会復帰を促すには、「配偶者控除」を廃止すべきという意見もあります。

渥美 由喜(あつみ・なおき)さん
東レ経営研究所 ダイバーシティ&ワークライフバランス研究部長
東 京大学卒業後、富士総合研究所、富士通総研を経て、2009年から現職。企業の現場を歩いての調査研究に定評がある。これまでに国内700社、海外100 社を訪問しヒヤリング調査を行ってきた。コンサルタントとしても活躍する。専門は少子化対策、ワークライフバランス、ダイバーシティ推進、社会保障制度。 著書に『イクメンで行こう!』『少子化克服への最終処方箋』など。私生活でも2回育児休業を取得、現在は子育てとともに父親の介護も担う。

渥美:配偶者控除の廃止には、私も賛成です。その一方で、「家事代行控除」「お手伝いさん控除」「家事アウトソーシング控除」といった名称で、家事の代行費用に対する税控除を設けるといい。

海老原: 今はまだ過渡期だから、配偶者控除をすぐに廃止するのは反対だなあ。職業ブランクが10年もある40代女性をほいほい雇う企業があったら教えて欲しいで す。人材ビジネスに30年絡んでいますが、私はそんな会社をそうそう知りません。こうした状況で配偶者控除をなくしてしまうのは、真冬に裸で外へほっぽり 出すようなもの。それよりもまず、ゆとりを持って長く働ける「ヒラ社員ワーク」を作ることが先だと思う。一方で、出世コースに乗ったエリート夫婦用には、 家事・育児をアウトソーシングしながら働けるように「アウトソーシング控除」を提案したい。配偶者控除の廃止はその後ですね。

渥美:数年前に自民党の勉強会で呼ばれた時に私が提案したところ、今、党内で検討されているようです。あと、孫への教育資金贈与も、アジア型の子育て支援と言えます。

女性役員1人だと、つぶされて後戻りしかねない

「全上場企業で役員に1人は女性を登用」と、経済3団体に安倍首相自ら要請しました。

小室:1人は危険。一気に3割近くに上げないと駆逐されて後戻りする危険があります。1人だけ上げると、その女性のバックグラウンドが偉くなる人の条件となってしまう。子供がいない人だと「やっぱり子供がいると昇進できないのね」となるし、子供がいる人だと、その逆になる。

 男性には当たり前のようにいろんなロールモデルがいます。その中から自分の目指したいロールモデルを選んで、自発的に偉くなりたいと思う。多様なロールモデルを示して自発性を引き出さないといけない。

渥美:1人だけ上げると、男性がつぶしにかかることもあります。大和証券の場合は、一度に4人の女性役員を誕生させた。孤立させないことが大切です。

注:欧州各国は欧州委員会(2012年)、日米は米調査会社GMIレーティング(2011年)調べ

欧州では、女性役員「クオータ制」(割当制)の導入が進んでいます。ノルウェーは2008年に、役員会でどちらかの性を4割以上にするよう企業に義務付ける制度を導入。EU(欧州連合)でも社外取締役における女性比率を40%にする法律案が出されています。

渥美:私はクオータ論者。日本でも女性役員比率を30〜40%とするクオータ制を導入すべきです。

海老原:えっ? 本当ですか。現実的な議論をしましょうよ。日本では民間企業が大卒女性を本格的に採用し始めたのは、90年代終盤から。その後も、育児で辞めている女性も少なくないから、役員候補となる人がまだ少ない。

渥美:社外取締役で、優秀な女性が複数の会社を掛け持ちしてもいい。今、要らない役員がいっぱいいるから、それを洗い出すきっかけにもなります。

  私は基本的に産業政策でやるべきだと思います。ノルウェーで女性役員4割のクオータ制を導入した際にも、日本の経団連にあたる経済団体は「企業に裁量を持 たせるべきだ」と反対した。しかし、経済産業省の大臣が「企業に任せたら100年経っても進まない」と押し切ったのです。では、導入してどうだったのか。 数年前にノルウェーで、経済団体および企業10数社を回り調査をしたところ、結果的には良かったと言っていた。女性役員を4割入れたので、駆逐された男性 もいます。新役員の女性らが従来とは違う発言をすることで、会議に時間がかかるようになったものの、多様な観点が役員会にもたらされたというのです。

海老原:うーん、でもノルウェーの人口は埼玉県や神奈川県と同じくらい。しかも鉱物や水産資源、観光資源が豊富にある国ですからねえ。

海老原:第二次世界大戦の戦災がなかった北欧は、欧州復興の担い手となり、結果、猛烈な人手不足で、1950年代から女性の社会進出が進んだ。そこから40年以上を経てようやくクオータ制が導入された。それに比べると、日本では女性を本格採用し始めてから歴史が浅い。

経産省の審議会では60代、70代の男性が中心。そこへ30代の女子がひとり・・・

小室: 男性と同じ年代の人を役員にしないといけないと思うからできない。私は経産省の産業構造審議会に加わっていますが、男性委員は60代、70代が中心。今 回、女性委員が10名入りましたが、中心は50代。そこへ30代の私がぽこっと入った。私は女性の代表というよりも、30代の代表と思って発言していま す。そうするとプレッシャーはさほどない。企業でも30代までみると優秀な女性は山ほどいます。

海老原:CSR やダイバーシティ担当の役員ならわかるけど、営業や財務や技術の担当が経験の浅い人にできるかなあ。3割とか4割とかいうと、そういう実務担当になるのだ けど・・・。女性役員のクオータ制は、どうも欧州の直輸入という気がします。それより入社の際の採用クオータを作るべきでは。最低3割女性を取るべしと か。そのために、たとえば理工系や経済・法学系など、女性の少ない学部に対して、有名大学でも「女性枠」を設けるのも一考に値するでしょう。実際、インド は少数民族にマイノリティ枠を設けていますし。

小室: 同時にやるべきでしょう。3割採用しても、ロールモデルがいないと辞めてしまいますから。私は資生堂に入社して3年目ですごく悩みました。子供のいる女性 社員の大半はキャリアは横ばい。将来像が描けなかったのです。そのときに厚生労働省から岩田喜美枝さんが部長としていらして、1対1でランチをご一緒して 息を吹き返しました。すごいラッキーでした。女性の採用枠、管理職・役員枠のクオータ制は両方進めるべきです。

管理職に占める女性の割合の推移(企業規模100人以上)

日本では今、女性の係長比率は15.3%。課長職は8.1%、部長職は5.1%。上場企業の女性役員比率を見ると、1%ほどというのが現状です。

海老原: 先進国の多くは、係長まで含めて女性管理職比率は3〜4割いるのですが、役員となると英国、フランス、ドイツでも10%ほどです。実際のところ、女性管理 職の多くは「ヒラコースの上がり」であるアシスタントマネジャー(係長)で、上級職になれば数はぐんと減る。女性が役員になるって、まず昇進までに時間が かかるし、しかも、その間には家事育児をアウトソースするという“肚(はら)決め”も必要で険しい道のりなんです。

渥美:これ以上時間をかけると日本は滅びてしまう。だから変化を加速させないといけない。EUでなぜ進むかというと、米国、アジア、欧州の経済3極と言われつつ、一番弱いから危機感があるのです。

意思決定をオール男性でやって、勝てる商品を作れるのか

小室:ビジネスで勝っていくためにやるべきだと思います。消費者がこれだけ多様化していて、最後の意思決定をオール男性でやって、勝てる商品をつくれるのか。それを企業に気づかせないといけません。そうしないと本当に日本は滅びると思う。

海老原:そうすると女性役員が、玉石混交になりませんか。

小室:でも男性役員もそうですよね(笑)。

渥美:クオータ制は、女性優遇と言うけど、10年後には男性優遇になるかもしれない。男性でも役員枠4割は確保できる。

海老原:現実論として受け入れられますかねえ。まずは女性役員10%では。

渥美:4割クオータといって、妥協で2〜3割。いずれにせよ、女性の内部登用を進めることにつながります。

小室:30%導入を目指して、現実的には10%達成がようやくかもしれません。でも、女性の立場になると、女性役員30%くらいにならないと上に行けるイメージが持てない。そういう意味でも、30〜40%という数字を出していくのは大事です。

最後に、女性施策の抜本策があれば、お願いします。

小室: 残業代につける賃金の割増率「時間外割増率」を、平日1.25倍から、他の先進国並みの1.5倍か1.75倍にすべきです。今の時間外割増率では、仕事が 増えた時に、人を1人新たに雇うより残業させたほうが得、というのが企業の論理です。これをひっくり返すためのルールを作らないといけない。

 それから国際会計基準の導入。社員が有給休暇を積み残すと負債としてカウントされますし、転職する際、時給で払い戻さなくてはならないので、管理職が部下の有休取得の管理をしっかりするようになります。

 企業に目を向けると、今後女性の役員をつくっても、意思決定を24時間するのでは優秀な女性が上にいきたいと思わない。定時の時間内にできる意思決定システムを作らないといけない。

テレワークの推進こそ、国の果たすべき役割

海老原:繰り返しになりますが、ヒラ型、エリート型のトラックをきちんと作って欲しい。ヒラ社員なら、男性でも女性でも無理なく育休を取れるし、仕事と育児を両立できる。日本人特有の「全員一律」に「誰でも階段を上る」という考え方に、いい加減、ピリオドを打たないと。

渥美:女性VS男性の仕組みで考えるのは、そろそろやめにしましょう。とはいえ、少数派の中の多数派が今は女性なので、ここからまずは多様性推進を進める。さらに、女性も男性も多様化していることに目を向けるべきです。

  それから国の子育て支援費用が少ないのも問題です。高齢者費用に比べると、選挙で票にならないから、なかなか増えない。そこで次世代の意見が反映されるよ うに、思い切って選挙制度を変えてはどうでしょう。赤ん坊から19歳まで、すべての子供に1票を投じる権利を与えるのです。実際には、未成年者は親が代行 する。環境、エネルギー、社会保障と、長いレンジで影響を及ぼす問題が多いのに、子供の視点が反映されないのは大きな問題です。

小室:子ども5人いると5票、画期的。

海老原:面白い、少子化対策になるかも。でも、産まない女性はダメとなると大変だけど。

小室:それからIT(情報技術)インフラの整備。これだけ技術力の高い国が子育て支援に使わないほうがおかしい。東京都はワークライフバランスを推進するためのテレワークなどを導入する企業に対して、助成金を出しています。中小企業がこれでシステムを導入した事例もあります。

渥美:テレワークはテロや震災などのリスクヘッジにもなる。アメリカは行政が率先して進めていますね。日本でも「魁より始めよ」で霞が関の官庁から始めて欲しい。霞が関が不夜城だと民間にも波及します。

 政治家の行動も正すべきですね。無駄な時間を省くために、国会審議中に「会議メーター」を入れるといい。「時給×時間」を金額で示すのです。すると無駄な審議で札束が飛んでいくのが一目で分かります。すべて税金。国民は怒ると思いますよ。

海老原:テレワークの推進は、すなわちセキュリティ対策費用をどうするか、ですね。私のよく知っている会社でも導入を検討したら、インフラ変更に2億円必要と分かり、導入を見送りました。ITインフラの整備は、経産省の助成金で進めるべきです。

最後まで、熱意のこもった提案をありがとうございました。引き続き、安倍政権の女性政策に対して異議があれば声を上げ、対案を提示していきたいと思います。



このコラムについて

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日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、日経ビジネス編集部が選 んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出 します。