これだけは知っておきたい異世界転生の新常識(これ新) 第一話 最初の説明が大事 これだけは知っておきたい異世界転生の新常識(これ新) 阿井上夫 第一話 最初の説明が大事 「なんかさあ、最近ちょっと話の展開がおかしくない?」  ここは、王国の地下に広がっている迷宮の第百四十七階層目。  俺達が、迷宮の中央にある宝物庫を守護していた中ボスとの戦闘を終えて、めぼしいドロップ・アイテムをあらかた回収し終えた後のことである。  妖精灯篭のぼんやりとした灯火の下で回復薬を飲みながら、獣耳の女盗賊が不満そうに言った。 「ちょっと――あのさ、カズマ。その妙に長ったらしい状況説明をする癖さあ、やめたほうがいいんじゃない? それかさあ、もっとイケボでやるとか、なんとかなんないの? あんた、仮にも転生勇者様でしょう?」  まだ始まって間もないのに、獣耳女盗賊がいきなりメタ発言を行なったものだから、俺は盛大に焦る。 「あっ、おま、ちょっ、いきなり何を言ってんだよ。そこはスルーするのがお約束だろ? しかも、その最後のほうの取ってつけたような人物説明は一体何だよ!?」 「いいじゃん、説明なんて都度入れれば。それにさあ、毎度のことだからどうにもこうにも鬱陶しいんだよね、それに聞いててつまんないし。新しいところに来る度に、どうして冒頭部分で重くて長くて面倒な説明を、みんなに聞こえるようにするかなあ。どうせ、真面目に聞いてる人なんか誰もいないよ。しかも、その割には世界観設定の練り方が中途半端なんだよね。王国って、どこにある何という名前の国なのさ。それに独裁国家なの、絶対王政なの、立憲君主制なの? それによって雰囲気が全然違うよね。帝国じゃないから穏健な感じと考えていいのかな、って程度のことしか分かんないよね。妖精灯篭とか、ガジェットの名前は無駄にそれらしいのに、細かい説明とか全然しないじゃん。なんで光るの、とか。迷宮だってさあ、あればいいってもんじゃないよね。そもそも、集団戦闘が可能な広さのある迷宮なら、一つの階層で天井高が十メートル以上は欲しいところじゃない? それが百四十七層もあるということはさ、単純計算すると――」  そこで獣耳女盗賊は、隣に背筋を伸ばして座っていた美少女剣士のほうを向く。  昔は王国で最も有力なギルドの副団長として、千人近い剣士達を束ねていた美少女剣士は、見るからに狼狽した。 「な、な、な、なんだろうか? 何か私に言いたいことでもあるのかな!?」 「いや別に。いつもお澄まししている優等生のギルド副団長様だからさあ、ちょっと算数の問題でも振ってみようかなって思っただけ。無駄だからいいや。それにしても、普通なら勇者様の参謀役はどう考えても貴方の役割だよね。それが脳まで筋肉質な剣士様というのは、どうなのかなあ」 「そ、そ、そ、それは私に対する侮辱か!?」  脳筋美少女剣士が即座に魔剣ライバーを抜く。  そこで、獣耳女盗賊は思い切り溜息をついた。 「それそれ。何でも力で速攻解決というのは、ヒロインとしてどうかと思うわけよ」  上げ足を取られた脳筋美少女剣士は、顔を真っ赤にしながらも、剣を振り下ろすことが出来ない。 「まあ、確かに最近変なのは事実だよね」  パーティーのリーダーとして、俺は剣士を宥めるような声でそう言った。  ――それに、同じことは全員が感じている。  俺は頭を巡らせてメンバー達を見た。  元は有力なギルドの副団長で、俺に敗れるまでは王国武闘会で無敵の十連覇を成し遂げていた、基本属性がツンデレな美少女剣士は、まだすねた顔をしている。  夜の王都を震撼させた盗賊団の首領であり、見るからにもふもふなケモナー垂涎の尻尾を持つ獣耳女盗賊は、それを横目で見ながら笑っている。  つい先日まで北方で魔物の大軍勢を統括し、人々の恐怖の的となっていたヤンデレ爆乳魔王は、下を向いてしきりに何か呟いている。  その先につまらなそうな顔で座っている、古今東西の魔道書をすべて記憶した、見た目は幼女、中身は老女な女魔法使いは、さらに隣に座っている忍者兼眼鏡っ子兼ドジっ子属性な俺のメイドに、火焔魔法でちょっかいを出していた。  さらにその横で、潜在能力は恐ろしく高いのにめったに本気を出さない女神が、信者が見たらドン引きしそうなあられもない格好で寝ていた。彼女の口から「聖水」という名のよだれが零れて、周囲を神々しく浄化している。  そして俺は、三年前にこの世界に転生した勇者様である。  その時におまけでついてきた能力、『フェンリル・ミストルテイ・アルゲマイ・グリュン』――直訳すると「敵には猛毒、味方には媚薬な香しい足の匂い」を所有する、無双とかチートとか呼ばれている無敗の勇者様である。  ここまで常軌を逸したメンバーが揃っているのだから、俺たちの進む先に敵なぞいないはずなのだ。  それに、少なくとも半年前までは確かにそうだった。 page: 2 第二話 第三世代型勇者  例えば、残虐非道な吸血伯爵様が、どこかその辺の館に住んでいたとする。  そして、彼が領民を適度に殺戮して、その桁外れの強さと冷酷さを充分に、執拗なまでに印象づける。  そこで、たまたま館に立ち寄っただけの俺達が、情け容赦なく伯爵を蹂躙し、カタルシス最高潮のまま次回予告に切り替わる。  それを続けていれば良いだけの時代が、確かにあった。  あるいは、夜寝ている間に俺の偽者がネガティブな情報を世間に垂れ流し、見ず知らずの可憐な少女がたった一人、住民達の非難を一身に受けても俺を信じ続けている。  でもって翌朝起きてそのことを知った本物の俺が、衆人環視の中で偽者を朝飯の前にちゃっちゃと片付けて、住民達の好感度がマックスを超えたところで次回予告に切り替わる。  そんな時代も、確かにあった。  ところが、最近は何をやっても上手くいかない。 「そうなんだよね。この間なんかカズマが道端に落ちていた財布を拾ったら、置き引きと間違えられて投獄されたよね。しかも、いつもなら即座に身の潔白が証明されるはずなのに、その時は断頭台に昇る寸前まで話を引っ張られていたし」 「だっ、おま、そこで無造作に地の文に反応するなよ!」 「なによ、地の文って?」 「あ、いや、その……何でもない」  獣耳女盗賊は、不審そうな顔で話を続ける。 「まあ、結局は助かるからいいんだけどさあ。最初のほうから欝展開が多かったら、『ああ、そういう運命なのね』とか、割り切れるんだけどなあ」 「嬉しくはないけどな。しかし、確かに俺達は最初のうち順調だった」 「ああ、そうだね。それでいい気になった誰かさんがハーレム展開に持っていきかけたわよね」 「いや、そこは今関係ないから」 「それにしてもさあ、私達の最大の理解者で、妙に庶民感覚に溢れ、下々に変に理解のあるお姫様が、闇落ちしたのは想定外だったなあ。しかもさあ、あれってなんだかものすごく強引な闇落ちの仕方じゃなかった? 『朝起きたら太陽が黄色かったので闇に落ちました』って置手紙――それってどうなのよ。前振りが全然なかったしさあ。普通は少し前から悲しそうな表情とかチラ見せするよね。なのに姫様、前日は夜中まで大酒飲んで笑ってたじゃない? カズマに『わらわの酒が飲めんのかあ』って。何よ、わらわって。いつの時代の話? 農民が『だべ』って語尾を使うのと同じくらい、会話に捻りがないよね」 「……」 「それで、私達が地下迷宮をひたすら降りて姫君を救済するクエスト発生。まあ、それもいいんだけどさあ。妖精灯篭なかったら、暗くてなにやっているか全然分からないよね。灯篭の光の向こう側に魔物の姿が浮かび上がり、暗闇で剣か、魔法か、それに近い何かが閃いて、それで魔物が絶命して終わり、っていうシーンが延々続いているよね。これって、見ていて絶対に面白くないよね」 「見てるって、一体誰が――」  俺がお約束のツッコミをしようとしたところで、人の話を聞かない獣耳女盗賊は、また急に別な話をし始める。 「ところでさあ、カズマって第何世代の勇者だっけ?」  こうなるともう、彼女は寸前の話すら忘れている。  俺は、内心やれやれと思いながらも問いに答えた。 「俺は第三世代だけど、それが何か?」 「ああ、だから初期設定がいい加減なんだね」 「あああん? なんだよ、それ!?」 「だってさ、第一世代が正統派の勇者様でしょう? 容姿からして格好良くて、向こうの世界での豊富な知識を応用しつつ、神から与えられた圧倒的な能力を駆使したりして、最後にはこの世界を破滅の危機から救うという、あの神々しいやつね。で、第二世代が最初のうちは全然ダメな男だと思われていたのに、途中で新たな能力に目覚めるタイプ。ギャップがなんか萌えるよね。そして第三世代が、どう考えても主人公にふさわしくない鬼畜な外道勇者が、因果律だけを味方にして成り上がるやつだよね」 「はいはい、どうせ俺は鬼畜な成り上がり者の外道ですよ」 「その程度のことですねないの。だいたいさあ、物語の進化ってどれも同じようなものでしょう? 例えばヤンキー物だって、最初のうちは暴走族のヘッドとその仲間たちの熱い友情物語でさあ、湘南なんか走っちゃうじゃない。その次に来るのが、平凡な主人公がなりゆきで不良と友達になってさ、その人間力で不良仲間を増やしていくやつじゃない。名前だけは特攻するとかしないとか威勢のいいやつ。それで、次は下種な主人公が舌先三寸のはったりと周囲の誤解だけで成り上がるやつだよね。その、カメ――」  その瞬間、俺は全力で獣耳女盗賊を止めた。 「あ、馬鹿、それをストレートに口に出しちゃ駄目だろ! 大資本を敵にまわすだろ!!」 「なんで?」 page: 3 第三話 「勇者様というのはどうして――」  獣耳女盗賊は不満そうな顔をして、話を続けた。 「……カメルーン出身のカメラおたくは駄目なの? なんか不味かった?」 「いや、あの、その、というよりお前、なんでヤンキーにそんなに詳しいんだよ。この世界にはいないだろ」 「あれ、前に言わなかったっけ。私も転生者だよ。で、なんでカメルーン出身のカメラおたくは駄目なの? ねえ、なんで?」  獣耳女盗賊は納得がいかないという顔で、俺を問い詰める。  ――こいつ、正直不平不満が多くて、うざい。  俺は溜息をついた。  ――尻尾と掌の肉球がなかったら、迷宮で置き去りにするところなんだがな。  そこで、美少女剣士が急に口を挟んだ。 「ところで、勇者様というのはどうして皆『カズマ』という名前なのだ?」  どうして、なぜこのタイミングで、そんなどうでも良いことを俺に聞くのか分からない。というか、一歩間違えると敵を大量に作りかねない、大変に危険な発言である。  しかし、獣耳女盗賊の問いをかわすためには、背に腹は代えられない。俺は美少女剣士の「場の空気を読まない発言」に全力で食いついた。 「いや、そんなことはない! 他の名前の勇者もいるだろ!?」 「そうなのか? いや、私にはなんとなく駄目勇者イコール『カズマ』という図式があるように思うのだが」 「そんな法則はないの! しかも何気に駄目勇者とか――」  そこで俺の言葉に被さるように、幼女魔法使いが目を輝かせて話に加わった。 「あぁ、あるよねぇ。執事と言えばセバスチャン、みたいなぁ」 「ギルドの団長と言えば、何とかフォードか、何とかバードだな」 「別にぃ、セバスチャンという名前の団長がぁ、いてもいいのにねぇ。そもそもぉ、魔剣には固有名詞がついているのにぃ、私たちの名前がぁ、全然出てこないのはどういうことですかねぇ」 「それは良いではないか。私としては、いきなりエリザベスとか、あきらかに世界観がおかしい名前で呼ばれるよりも有り難い。転生者でもない異世界地元民の名前が『マリア』だと、頭がどうかしているんじゃないかと思う。だからといって、異世界風に『ミステラニュイン』などという、変に複雑すぎて趣味の悪い名前の場合もあるではないか?」  そこで、さらに獣耳女盗賊が話に割り込む。 「あははぁ、そうだよねぇ」  瞬間、場が凍りついた。 「駄目ですよ、人の口調を真似しては」  幼女魔法使いが真面目な口調で注意する。 「どうせ適当な物語だし、詳細なキャラ設定と名前をいちいち考えるのが面倒だから放置しているけど、発言者を区別できないと分かり辛いから、仕方なく登場人物毎に微妙に口調を変えているんじゃないですか。それを真似したら分からなくなりますよね。だからこそ、私は本当は嫌なのですが、わざわざ語尾に小文字入れているわけですよね。その、私の努力が台無しになるとは思いませんか。ねえ、そうですよね。年長者が無理をして頑張っているところなのに、それを後ろから指摘して台無しにするようなものですよね。違いますか――」  鬼の形相になった幼女魔法使いは、涙目になった獣耳の女盗賊を、そのあと小一時間ほど言葉攻めにしそうな勢いで怒り出す。  しかしそこで、メイド忍者が口を開いた。 「あのちょっとよろしいでしょうかわたしもなんだかおかしいなとおもってはいたのですがなかなかごしゅじんさまにおはなしするひまもなく――」  俺は止めた。 「あ、君はいいから。話が混乱するから、その通常よりフォントサイズが小さそうな声で話すのはやめてくれ」  メイド忍者は涙目になって頷く。  そこで俺は別なことに気がついた。  ――あ、だからか。  ヤンデレ爆乳魔女が全く聞こえない声で呟いているのは、人数が多すぎて書き分けが難しいせいではなかろうか。  メイド忍者のおかげで幼女魔法使いのつっこみがとぎれたので、獣耳女盗賊はここぞとばかりに話を切り替える。 「それにさあ、迷宮探索に露出の多い服って、これもなんだかおかしくない?」 「魔法使いわぁ、仕方がないんだけどねぇ。力の源泉を集めるためにぃ、出来る限り自然の中に素肌を晒さないとぉ――」 「だから、その設定自体がおかしくない? どうして全身で皮膚呼吸みたいなことをやっているの? それに、だったら全裸でいいんじゃないの。駄目なの?」 「それはぁ……全裸のほうがぁ都合がいいんだけどぉ……魔法使いの掟でぇ……」 「ほら、それ。なんで無茶な理屈で後付した服装設定を、さらに根拠のない掟で制限するかなあ。いいじゃん、いさぎよく『神は女の子の裸をお望みだ。しかし全裸はちょっと』とか、はなから割り切ってもさあ」  むしろ攻守が交代した様子であるが、まあ、本来はこれが正しい役割分担であるから仕方あるまい。  そんなことを俺が考えている傍から、獣耳女盗賊の話が変わった。 「ところで、カズマは三年前にこの世界に来たんだったよね。それなのになんで、大人で、異世界の言葉を流暢に話しているのよ? 『急成長』とか、そんな便利な能力の持ち主だったっけ?」 page: 4 最終話 読者が嫌いな欝展開  俺はその言葉の意味が、すぐには理解出来なかった。 「えっ、お前何言ってるの? だって普通、最初に世界観を説明する女神様が出てきて、ついでに言葉の説明とかしてもらえるよね。で、大人のまま転生するよね」 「私の時には全然誰も出てこなかったよ」 「えっ? じゃあ、君は気がついたらいきなりここだったの? 何の説明もなしで?」 「違うの? みんなそうだと思っていたのに。じゃあ、他の転生者は言葉を身に着ける苦労をしなかったというの!?」 「してないよ、そんなの。それこそ飽きられるじゃん」 「うわ、許せない! 私なんか、身体は赤ちゃんで、頭は大人だったのに!! そんでもってお父さんに大股開(おおまたびら)き見られまくって、どんなに死にたいと思ったか知れないのにい!!!」  獣耳女盗賊が泣き喚(わめ)く。それを全員がしらけた顔で見つめていた。  ――こんな風じゃなかったのにな。  俺は小さく溜息をついた。  元々は非常に仲のよいメンバーだった。  ――何しろ、俺のところに日替わりでやってきては、  * (作者註)  以降、カズマの回想が延々と続くわけであるが、それを逐一表現してしまうとR十五指定やR十八指定が必要になるので、作者としては自主規制せざるをえない。  各自で「二十五分かける十二話分」ほど、妄想して頂ければ幸いである。  なお、この作品がめでたくアニメ化された場合、ここに赤裸々な映像が差し込まれる予定である。  そうだ、そうに決まっている。  *  ――だしな。  俺はDVD六巻分、十二話に相当する長い回想を終えて、やっと我に返った。 「うわ、最低」 「見損ないましたわ」 「下種ぅ、もう知らないぃ」 「あのわたしはめいどですからそのくらいのことはぜんぜんかまわないわけですけれどもえいぞうかされてこうかいされるのはちょっとどうかなと」 「……」 「ZZZZZZ――」  いや、待て。  だからどうして表現されていない俺の回想部分にまで反応する?  というか、ここは本来、会話文じゃないのか? 「いいじゃんそんなの」  言いわけないだろ!  どうせぇ、こんなお話なんてぇ、誰も読んでいませんわぁ。 「だあっ、地の文で会話するのは止せ!」  地の文って、なんですのん?  なんだよ、お前一体誰だよ? しかも何で関西弁なんだよ?  ふふふ、わ・た・し(ハートマーク)  文字で書くな!  記号で出せよ!  つーか、これじゃあただの尺稼ぎじゃないか!!  *  その時、カズマ達が混乱した様子を世界の向こう側から見つめている者がいた。 (ふふふふ、俺だよ、俺)  彼は笑いが止まらない。 (カズマ、もうお前は飽きられているんだよ。ご都合主義の無茶な主人公補正。下種な性格設定なのに、お約束に従って美女をやすやすと獲得する。しかもあれやらこれやら好き放題やりやがって。そんなお前に、みんな飽き飽きしているんだよ。というより、俺が、だけどな)  作者は唇を歪めた。 ( 終わり ) Twitterで共有 Facebookで共有 はてなブックマークでブックマーク 次のエピソード 第二話 第三世代型勇者